■ペリト・モレノ

ペリト・モレノの「手の洞窟」断念

プエルト・マドリンの次に向ったのは
ペリト・モレノという町。

ここには
クエバ ・デ・ラス・マノス(手の洞窟)」
という観光名所がある。

名前の通りたくさんの手が洞窟に描かれていて、
昔テレビで紹介されているのを見たことがあった。

まさか「手の洞窟」がここアルゼンチンにあるとは思わなかった。

そんな洞窟を見るためこの小さな町に行きました。



ペリト・モレノへは
プエルト・マドリンから直通バスが毎日出ている訳ではなく、
今回は町を経由して行くことに。

9:15 「プエルト・マドリン」発
 ↓バス代:$233(2,330円)
15:50 「リバダビア(Comodoro Rivadavia)」着
 ↓バス乗換:
 ↓リバダビアに到着してすぐペリト・モレノ行きのバスを探したら
 ↓1時間後の16:30発があった。
 ↓日曜日はこの1本しかなかったので非常にラッキー!! 
16:30 「リバダビア」発
 ↓バス代:$217(2,170円)
22:00 「ペリト・モレノ」到着



アルゼンチンに入ってから
日が沈むのが遅いなと思っていたけど、
南下すると、さらに遅く
22時になってもまだ少し明るかった。

そうはいっても、
もう夜の22時を過ぎてるので
足早にホテル「 El Americano」へ向かう。

しかし、ホテルに行ってみるも

満室で泊まることができなかった。


他に安宿ないか聞いたら
「Belgrano Hostel」と
「El Viejo Hostel」の2件を教えてもらった。

しかし、この二件も満室。

「ヤバイな!」っと
嫌な予感がこの時からしだした。

後は 「El Austral」という
ペリト・モレノで一番の高級ホテルしかない。

そして行ってみた。

ホテルスタッフに
「ティエネ ウナ アビタシオン シンプレ?
(シングルルーム空いてますか?)」と聞いてみる。

スペイン語喋れないが
こればっかり言ってたから覚えてしまった。

そして回答は案の定「フル、コンプリート」とのこと。

バスターミナルで野宿が確定しました。

そして、ここでもう一つ失敗したのが
各ホテルスタッフに
翌日以降、
部屋が開いてるか聞くのを忘れてしまっていたこと。

空室があれば部屋を押さえられたかもしれないし、
ダメなら翌日の朝
バスで次の町に行けたかもしれなかった。

野宿が確定した時は
翌日「手の洞窟」の日帰りツアーに参加
→当日の夜に次行く町
「エル・チャルテン」に出発しようと考えていたが
これが安易すぎた。

翌日、朝8:00に
町にあるツーリストインフォメーションセンターに行って
「zoyen」というツアー会社を教えてもらい
そのオフィスに行く。




しかし10:00オープンのはずが開いてない。

30分待つが、開かないし、人が来る気配がしない。

待てども開きそうにないので
バスターミナルにもオフィスがあったのを思い出し行ってみる。

しかし、受付の女の人に言われたのは
「今日のツアーは満杯で
ツアー会社のスタッフはツアーに帯同してしまっていて
オフィスにはいない」とのこと。

そして 「guanacondor」という
別のツアー会社を紹介してくれた。

もうバスターミナルと町を3往復目(片道1キロ)。
バックパックが重い・・・



ペリト・モレノのストリート

しかし 「guanacondor」 へ行くも
今日と明日のツアーはもうイッパイですと言われてしまった。



これでツアーで行けないことが確定。

最後にタクシーチャーターして
行くことができないか、タクシー会社に行ってみた。

しかし往復2,000ペソ(2万円)とかいう。

万事休す。


ホテルに再度行ってみたが
今日もダメで翌日まで満室だった。

もしホテルに泊まれるなら
ツアーに参加できるまで待ってもいいが
ここペリト・モレノは
ブエノスアイレスに比べてだいぶ寒く
3日連続の野宿はテントを持ってない自分には不可能。

結果は手の洞窟観光は断念し
エル・チャルテンへ向かうことにした。

本当はその日の夜に出たかったが満席で乗れず。

翌日の朝8:30しか乗れなかった。

ここまでして何も収穫なく町を離れる・・・
すべてが後手に回り流石に辛かった。

これだけ何もできなかったのは
日本出てから初めてかもしれない。



手の洞窟はとても見たかったが
体力が続かないので
諦めて次の町に向かいます。